2017年6月、小林麻央さんが亡くなられ、大きなショックを受けました。
失礼ながら、麻央さんに特に思い入れがあったわけではないけど。
自分より若かったのと、幼い子2人を残して、というところが‥。
でも最近、久々に市川團十郎さんと二人のお子様の笑顔を拝見したら、直感的に「あっ麻央さん生きてる」。
全然ネガティブにならなかった。私も笑顔でテレビを見られたし、麻央さんも笑ってた。
「亡くなってない」と思えると、こんなに心がラクなんだ‥。
ここでは、死の定義、死や死語の世界のとらえ方は自由だということ、私が直感的に「麻央さん生きてる」と思えた理由などを、書いていきます。
「死」の定義とは
「死」って、そもそも何だろう。
たとえば、医師は「呼吸の停止」「脈拍の停止」「瞳孔拡大」の3つを確認し、死亡診断をしています。
現在日本国内では、人が死に至ったかどうかを判断できるのは、医師のみ。
医師の診断後、役所への事務手続きなどがなされ、社会的にも「死んだ」となります。
(ここでは、脳死や行方不明の場合の定義については省きます。)
おそらく、今のところ「死=無」ととらえる人が最も多いのでは?
「死=無」とは
- 命、生命が存在しなくなる
- 機能や能力を果たせなくなる
- 何かの役に立てなくなる etc.
「肉体が死ぬ=脳も働かなくなる=意識もなくなる=すべてが無になる」かつ「死後の世界なんてない」と思っている人が多いと思われる。 ゆえに多くの人は、死が怖い。
ただ「何をもって死とするのか」は、昔から今まで、あらゆる分野・文化で、思想や哲学が語られています。
「死後の世界がある」「そもそも『生きている』という状態の定義ができないと死も定義できない」「一般的な死後も意識は残るので、死は存在しない」など、実にさまざまですよね。
魂は生き続けるのかもしれないし、そう思ってもいい
本当に、死んだら何もかも終わりなのだろうか。
死後の世界について
死後の世界については、たとえば
- キリスト教・イスラム教‥‥天国と地獄がある
- 仏教・ヒンズー教‥‥輪廻転生 (何度も生まれ変わる)
- 儒教‥‥一時的に魂が残り、その後すべて消える
などが大昔から言われています。
「死後も魂 (意識) は残り続ける」「あの世とこの世を行ったり来たりしてる (何度も生まれ変わっている)」などの説を、根拠と共に主張する人もいます。
「根拠」とは、たとえば
- あの世にいた時のことを、まだ覚えている人がいること
- 子どもが語る「前世の記憶」に沿った人物が実在していたという報告
- 死者と交信して得た情報を、死者のしぐさや話し方で伝える人がいること
- 数々の臨死体験者の話 (魂が肉体から離れたことによる現象を体験した話)
- 「亡くなった人の声が聞こえた」「導いてもらった」などの体験 etc.
ただ、それらを「脳の錯覚」「たまたま」などと感じる人も少なくない。
宗教は基本的に科学的見解ナシですし、死後の世界や生まれ変わり説を語る人たちも「科学的になぜ、どのように存在するのか」については触れないことがほとんどでしょう。
何を信じるかは、その人しだい
「死」や「死後」について数多くの考え方がある中、どれを信じるかは自由とも言えます。
人に言わずに、心の中で「死後の世界はある」とか「死んでも魂は生き続ける」と捉えているのもいい。
「亡くなった人とずっと共存していける、だって魂 (意識) は存在するのだから」と思うのもいい。
「かわいそう」と思われがちなご遺族も、初めからそのように信じている人かもしれないし、何らかの体験や時間と共にそう思えるようになっている可能性もあるのです。
「ご遺族が今どう感じながら生きているのか」は知る由もない場合が多い。やみくもに「かわいそう」とネガティブなエネルギーを送るのは、失礼にあたる可能性も十分あります。
もし自ら死を考える人がいたら
私も20代の頃、何もかもうまくいかず、気づくと死を考えていた時期もありました。
表向きには友達とかいたけど、どうしても無価値観が埋まらなかった。
40代の今は、ようやく心をラクにして生きていますが、いかんせん「ただの主婦」で、何もできずに申し訳ないです。
ここまで記事を読んでいたいただいたこと、本当にありがとうございます。嬉しいです。
私だけではありません。
- 他のネット記事でも本でも、読んだら「書いた人」が嬉しいです。
- 食べ物とか買えば、お店の人やメーカーの人たちのお給料につながります。
- 息をしているだけでも、植物が喜びます。
何も知らないのに申し訳ないですが、私はあなたに生きていてほしいです。
自分が書きたくて書いているだけのブログですが、やっぱり読んでくださる人がいるのは嬉しい。あなた様が読んでくださり、貴重な1ビューとしてカウントされました。本当にありがとうございます。
科学的にも「死は存在しないかもしれない仮説」がある
どんな本を読んでも、人と話しても。たいてい死についての考え方は、以下のいずれかに偏ります。
- 死んだら無になる。魂とか目に見えないことは一切信じられない (科学的)
- 死後の世界や生まれ変わりがあることを主張するけど、科学的見解はスルー (宗教的)
- 「死=無」が真実だろうけど、魂は生き続けることや生まれ変わり説などを信じたい
それらを見事に「調和させる」、正確には「今後調和させられることに期待が持てる」、すごい本に出会いました。
田坂広志先生の「死は存在しない~最先端量子科学が示す新たな仮設~」という本 (光文社新書) です。
まだ3回しか読んでおらず、理解力ザンネンな私なのでわからない箇所もあるのですが…。おそらくこの本を読んだことで、冒頭の「麻央さん生きてる」という直感にもつながりました。
以下のような方にお勧めします。
- 「死」を直視しなければならない時を迎えている
- 自分の死、周りの人の死が怖い
- 「死=無」が真実なのだろうけど「魂は生き続ける」説なども信じたい
- 死後の世界が存在する可能性があるなら、その科学的根拠・理論を知りたい
- 不思議な体験 (予感・予知・シンクロなど) が起こることの科学的根拠を知りたい
- 肉親や誰かの死について、切実な思いを抱いている
- 「死」についての思想・思索を深めたい etc.
さまざまな科学理論、深層心理学、宗教思想、進化論、西洋哲学だけでなく、映画、小説、詩なども引用しながら、わかりやすく書いてくださっています。
田坂先生の謙虚さや優しさも滲み出ていて、私にとって何度も読みたい本の一つです。
まとめ:どう考えた方が心がラクで幸せか
死の定義についてや、死のとらえ方は自由だということなどについて、お伝えしてきました。
このブログは、私が生きづらさを解消するまでの実践や、心をラクに幸せに生きるための考え方・方法などをまとめています。
今回は「亡くなった人がまだ生きていると思えたら心がラクだった」というお話を中心に書きました。
私は普段、真実がわからないことに対しては、自分の心がラクなように考えて終了させちゃってます。
「どうしても信じられない」「不安、怖い」などと思うのは、湧き出ちゃうもので仕方ない。
でも、その後「もしかしたら、こうなのかも」と考え方に柔軟性を持たせたり、不安や恐怖を軽減させたりするのは、工夫しだいでできるのだと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。