全部「自我」があるから傷つく、嫌な気分になる。
- 人にバカにされた、笑われた
- あの人が嫌い、あれは嫌だ
- 不安になる、動揺する‥‥
自我が弱くなる、もしくは弱めるようコントロールできると、心はラクです。
いい意味で、ほとんどのことが「どうでもよくなる」感覚 (^o^)丿
ここでは「自我について」と「これを続けたら自我が弱くなってきた」という方法、「自我が弱くなると心がラクになる」の具体例などを、まとめていきます☆
「自我」とは
わかるようでわからない。自我って何なのか。
「自我」の意味
自我とは、分野によって意味が違うらしい。
- 一般的には「自分」「自己」という意味
- 哲学では「他者や外の世界から区別して意識される自分」
- 社会学では「他者からの評価や他社と共存する中で知る自分」
- 心理学では「行動や意識の主体」
- 精神分析学では「イド・超自我を統制して現実への適応を行わせる精神の一側面」
日常でよく使われる「自我」は 1・2・4あたりだと思います。
わかりやすく言うと、生まれてすぐの赤ちゃんに「自我」はありません。
「自分の手・足」とか「自分と相手」とか「自分が〇〇したい」とかの認識はない。 (快か不快かのみ)
そこから脳や身体の発達に伴い、
- 自分の体は自分が動かしているのだと気づいたり
- 自分とママ・パパは違う人だと気づいたり
- イヤイヤ言ったり自己主張をしたり
するようになっていきます。
喜びや楽しさ、充実感、感動などを味わえるようになると共に「望み」「失望」「不安」「恐れ」「嫌だ」「嫉妬」「恥ずかしい」などの感情も芽生えてくるのです。
一般的に言う「自我が強い」とは
たとえば、日常で使われる「自我が強い人」とは
- 「自分はこうしたい」という気持ちが強い人
- 「自分はこれが好き、これが嫌い」がハッキリしている人
- 自分の信念・こだわりがあり、それを貫こうとする人
などのことで、かつ「それを表に強く出す人」を指すことが多いと思います。
私は「自我が強い」= 「悪いニュアンスで使われることが多い」と感じます。
「わがまま」「プライドが高い」みたいな。
いい表現に変えるなら「自分軸がしっかりしている」「自分を持っている」「主体性がある」あたりかな。
一般的に言う「自我が弱い」とは
反対に「自我が弱い人」とは
- 「自分はこうしたい」という気持ちが少ない
- 「好き・嫌い」という感覚があまりない
- 何かを選ぶ際も、本当に何でもいいことが多い
ような人のことを言うのだと思います。
悪く言えば「自分がない」「主体性がない」という感じ。
でも一概に「人に合わせてばかりだから、あの人は自我が弱い」とは言えません。自我が弱い人は、心の底から「なんでもいい、(いい意味で) どうでもいい」と思うことが多いのかも。
どちらにもメリットがある
何事も二面性あり。
「自我が強い」にも「自我が弱い」にも、メリットとデメリットがありますね。
だから、自我が強い人も弱い人も、無理して自分を変えなくていいと思う。
誰かに「あなたは自我が強いから嫌だ」「自我が弱いところがダメ」と言われようと、その人 (あるいは組織) との相性が合わなかっただけかもしれません。
ただ「中庸 (偏りがないこと)」「ほどほど」がいいかなとも (^-^)
「自我が強すぎる」「自我が弱すぎる」だと、生きづらい場面が出てくる気がします。どちらかに偏り過ぎている人は、時と場合に応じて反対の方に少し寄せられるといいのかも。
これを続けたら自我が弱くなってきた!
以前の私は、自我が強い方だったと思います。
(でも嫌われたくなくて「人に合わせる」ことが多かったので、周りからはどう思われてたか‥?)
約7年前、ネガティブな自分を変えたくてあらゆる実践をし、ブログに綴ってきました。今でも楽しみながら続けている実践が多く、その中で「自我」が弱まっているのを感じます。
どんな実践をしているかは書ききれないのですが、たとえば
- ヨガ・瞑想・深呼吸
- 自然に親しむ、朝日を浴びる
- 感謝や自分褒め、自分をねぎらう、徳を積む
- 好きなことをする時間を増やし、やりたくないことは最低限にする
- 断捨離や掃除、今に集中すること
などで、一言で表すなら「自分の周波数を高める実践」です。
ご興味のある方は、以下の記事を。
★波動・周波数を高める意味と方法。私が日々やっていること一覧! | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜 (kinisinai-jibun.com)
★自分の周波数とは & 自分の周波数を知る3つの方法 (私流!) | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜 (kinisinai-jibun.com)
また「本当の自分は、自分が思っている自分ではない。宇宙意識そのものが、本当の自分 (なのかもしれない)」 と知ったことも大きかったです (^-^)
以下の本が、私にはわかりやすくて感謝☆
- 本当の自分を知る本 (奥平亜美衣著:SBクリエイティブ株式会社)
- 死は存在しない (田坂広志著:光文社新書)
「自我が弱くなると心がラクになる」の具体例
自我が弱くなった自分が「感じたこと」「具体例」などを気ままに書いていきます。
過去の自分がいなくなった感覚
過去の思い出の物を、ほとんど断捨離したからかもしれない。
以前は過去を思い出して「後悔」「恥」「ブルーな気分」になることが多かったのですが‥
今は、ふと思い出すことがあっても、なんか「自分ではない別の人の出来事なんじゃないか」って思えることが多くなりました。 (残念ながら、まだ毎回ではないのですが…)
誰かに過去の嫌なことを蒸し返されても、穏やかに「ああ、そうだったね」みたいな (;’∀’)
超絶ラクです (笑)
他人や世間の評価から解放される
以前は「こういう自分でありたい」「人からこう思われたい」という気持ちが強すぎました。
そうなれないと、自分が許せない。落ち込む。ツライ。
もう‥‥ いい意味でどうでもいいです (全部が全部じゃないけど)。
ブログも、どんな状況であれ、細々と続けていきます (;’∀’)
最近は子どもにバカにされても、何も感じなくなりました。 (でも子どもに教育はします。「そのような言い方では、相手が傷つくかもしれない」とか「自分にも返ってくるよ」とか)
人との会話がラクになった
以前は、人との会話の中で
- 自分もしゃべりたい!
- 自分の話を聞いてほしい!
- 自分を理解してほしい!
という気持ちが強かったのですが、それが激減しました。
なので、人の話を聞く方に専念できるし、でも必要なところでは自分も話すしという感じ。仮に自分が話せなくても理解されなくても、なんとも思わなくなりラクなのです☆
やりたいことは山ほどあるけど…
「やりたいこと」と言っても、使命とか大きなことではありません。
日々の「これ食べたい」「ここに行きたい」などの小さなこと (^-^)
なんてゆうか、最近、それらが「自我」という気がしないのです。
うまく言えないのですが、
- 湧いて出てくるというか
- 自分が「やりたい」と感じるのではなく「やってしまう」みたいな
- 何かに思わされているというか‥‥
いずれにせよ「今までに経験したことのない変な感覚」なのですが、心地いいし毎日楽しいから「そうやって生きていけばいいやぁ」って感じ。 (日々のやらなきゃいけないことはやりつつ)
何が起きても「流れ」だと思える
いいことが起きれば「ツイてる!」 嫌なことが起きれば「嫌だな…」
そういう感覚は残っているのですが、すぐに切り替えられるようになりました。
結局すべては、最終的には「良い方向」へ向かっている。
やっぱり、それが宇宙 (大元の自分) の意志なのかもしれないなぁと。
何が起きても「良き方向へ向かう『流れ』なのだ」と思えることで、動揺しにくくなりました。
まとめ:コントロールできるのが理想かな
「自我について」と「自我が弱くなると心がラクになる」の具体例などを、お伝えしてきました。
最後に思うこと。
この三次元の世界で生きていくのに、
- 「今は自我を強めようかな」
- 「ちょっと自我を弱めよう」
- 「今は自我なんて捨ててしまおう」
などとコントロールできると、より心をラクに楽しく生きられるのかもなぁ (^-^)
それか、自我なんて全部なくして、神や宇宙などと言われる存在とつながり、そこからの意志だけで生きるのが一番「ラク楽イキ生き」なのかも? 私にはまだわからんけど (;’∀’)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。