我が子の、中学校のクラス単位での卒業文集。
生徒が、一人につき半ページ、自由に書く部分があった。
ある女子生徒がクラス全員に向けて一言ずつメッセージを書いていたのだけど、我が子宛のメッセージがない‥ (*ノωノ)
忘れただけか、わざとか‥‥
ここでは、今回の出来事における「あらゆる可能性」「あらゆる考え方」を気ままに書き、「考えてもわからないことは、自分も相手も幸せでいられる考え方を選んでオシマイにしよう」ということをお伝えします。
「我が子の文集を見てモヤモヤ」の概要
生徒一人につき半ページ分の、自由に書けるスペース。
とある女子生徒 (優等生。難関校合格) は、クラス全員へメッセージを書いていた。
- 「〇〇へ クラスを盛り上げてくれてありがとう! 感謝!」
- 「△△ちゃんへ 可愛い! アイドルになれる!」とか。
それが、規則正しく並べられているのでなく、超ランダムというか、いろんな向きで書かれている。
探すのが大変で「自分宛へのメッセージを探すゲ~ム」みたいな感じ (笑)
頑張って探したけど、我が子 (娘) へのメッセージが見つからない (;’∀’)
我が子に聞いても「ないんだよね~‥ まあ忘れちゃったのかな」とか言ってる。
思わず「嫌われてるとかはないの?」と聞いちゃったけど「仲いい方ではないけど、別に話す時は話すし‥‥ 嫌われてるなんてないと信じたい」と言っていて、あまり気にしている様子はなかったのが救い (心の内は知らんけど)。
あらゆる可能性・考え方がある
瞬時に浮かんじゃったのは「わざと娘へのメッセージだけ書かなかったのではないか」。
私の潜在意識から、ダークな部分が引っ張りだされた‥。
少しがっかりしつつも、そんな自分にもOKを出して生きる。
ただ単に「忘れた」「抜けてしまった」
優等生で偏差値が高くても‥‥
人間だから「忘れる」「抜けてしまう」ことはあるだろう。
しかも、この文集、公立高校受験の合格発表から卒業までのわずかな期間でつくったらしいし。
私だって忘れちゃうことが多かったでしょ? きっと誰かに悲しい思いをさせたことも、多々あるのだろう。
特に「一番の苦い思い出」がよみがえる。
- 小学6年生の時、先生の発案で「バレンタイン企画」なるものをやった。
- クラスの男子全員に、女子の誰かからチョコを渡すという企画。
- チョコをもらえない男子が出ないよう、当時代表委員だった私は、学級委員のAさんと二人で「割り振り」を頼まれた。
ノートに男子全員の名前を書き、女子に許可を得ながら「誰が誰に渡す」と調整し、後は皆が渡しさえすれば大成功! のはずだったのに、金子くんだけチョコをもらえない状態でバレンタイン企画は終わってしまった‥‥
私としてはAさんに頼んだつもりだったのだけど、Aさんは「聞いてない」と。
その後の保護者懇談会で、金子くんのお母さんが「息子がショックを受けていて」などと言っていたらしく、本当に罪悪感でいっぱい‥。一生懸命に頑張ったって「抜けてしまう」ことはあるんだよね。
本当は書いてある
ぐちゃぐちゃした感じだし、小さな文字だし‥
見つけられないだけで、本当は我が子宛のメッセージが書いてある可能性もある。
先日だって、どれだけ探しても見つからなかったメモ書きが、ふと出てきたよね。
「この場所は、あれだけ探したのに、なんで?」みたいな。
そんな感じで、明日、あるいは数年後とか、いきなり見つかる可能性もゼロではない。
神様・宇宙のおはからい
すべての出来事が「大いなる存在のおはからい」だとしたら‥
今回の出来事も、
- 私や娘にとっての学び
- 彼女にとっての学びや気づき
- クラスメートや保護者の学び
となり、成長につながるのかもしれない。
私たちは、自分の意思で「動いている」ように思っているけど、大いなる存在に「動かされている」のかもしれない。どこかのブログに書いてあったことが「もしかしたら真実かも」とも思う今日この頃。
我が子のことが嫌いだった
「わざと娘へのメッセージだけ書かなかったのではないか」と浮かんだ時に‥‥
その思考を方向修正しなければ、どんどん闇の方向へ向かう。
勝手な妄想が、どんどん膨らむ。
- 自分にないものを持ってる我が子のことが憎らしいのかな?
- 塾にも行かず、ガツガツ上を目指すという感じがない我が子が羨ましかった?
- いや、我が子が失礼な発言とか態度をしたのかもしれない
- そもそも「理由はないけど大嫌い」というケースもあるだろう
- 「生理的に受け付けない」とかも‥ etc.
ふと自分の過去が、自動的に思い出される。
- 自分だけ椅子が用意されていなかったとか
- 自分だけお土産がなかったとか
- 自分が書いたものに落書きされていたとか‥‥
あんなふうにランダムにメッセージを並べれば、誰かへのメッセージを抜かしてもバレにくい。 私の経験からも、偏差値が高い悪意に満ちた人は、スレスレな感じでハラスメントをしてくる傾向があったじゃないか。
恋愛が絡む嫉妬心があった
黒い妄想の風船は、油断しているとどんどん大きくなる。
そういえば、田中くんが我が子のことを好きっていう噂があったっけ?
彼女の田中くん宛のメッセージを見ると、けっこう好意的なことが書いてある。
- もしや、彼女は田中くんのことが好き?
- 優等生も難関校に合格している子も、思春期は思春期だ
- そこらへんに転がっている「恋愛における嫉妬心」か?
私の人生の「嫉妬ゆえの嫌がらせ」をされた体験が、よみがえる‥‥。でも自分が被害者なだけでなく、私だって嫉妬心から友達に冷たい態度をとったりしたことがあったよね (‘_’)
ちなみに「メッセージがないのは我が子だけなのか」とふと思い、調べようと試みたけど‥
ちょっと怖かったのと、あと目が疲れて断念 (笑)
考えてもわかり得ないことに対しては‥‥
パンッ!
どこかで、黒い妄想の風船を割ろう。
生きていれば、いろんなことがあるのは当たり前。
明らかに「これは嫌がらせだ」ということをされることも、あった。
でも中には、
- 実は、全く相手に悪気はなかった
- 自分の被害妄想からの決めつけだった
- 冷静かつ客観的に考えると「真実はわからない」
そういうケースも多かったかもしれない。
私も含め、人は皆「自分の脳のフィルター (色眼鏡)」を通して物事を見ます。
たとえば、同じ「人からの親切な行為」に対しても
- 「ありがたい」と思う人
- 「お節介だな、迷惑」と思う人
- 「自分の得を考えての行動か? 腹立たしい」と思う人
いろいろだったりする。
もしかしたら、本当に「相手への思いやり」ではなく「自分の得を考えて」の親切な行為かもしれないし、両方が混ざっているかもしれないし、それはわかり得ないけど‥‥
その「わかり得ないこと」を、どう考えるかは自由とも言えるのではないでしょうか。
ということの、いろいろな例を挙げた記事が、以下の記事!
人間関係の「わからない」は自分に都合よく考えクヨクヨ悩まない! | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
今回の「文集事件!」の場合は、彼女が「単に忘れちゃっただけ、悪気は一切ない」と考えるのがヨシ。 自分にヨシ、彼女にヨシ、我が子にヨシ、自分と彼女の周りの人にヨシ、地球にヨシ (笑)
まとめ:卒業式で彼女を拝見し‥‥
我が子の卒業文集にモヤモヤした経験から「考えてもわからないことは、自分も相手も幸せでいられる考え方を選んでオシマイにしたい」ということをお伝えしてきました。
卒業式で、目の前で、例の彼女を見てきました。
保護者の方を向いての合唱の時、最初は笑顔で、途中から泣きながら歌っていました。
- この子が、悪意に満ちた行動をするはずがない
- いや「表向きだけ、いい子」みたいな子もいるぞ
- いや、やっぱり単に忘れちゃっただけだよ‥
感動的な卒業式でさえ、心の奥からヘドロみたいな考えが浮かぶ自分。
でも今回の出来事で、そのヘドロが浮かび上がった。 きっと自分から、このまま流れ去ってくれるのだ。
泣いている彼女にも、普通の表情で歌う我が子にも、感謝があふれる。 同時に「ああ、やっぱり彼女に悪気はなかった」てか「もう一度文集を見たら、我が子宛のメッセージがあるかも」と思いつつ、歌は終わりました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。