心配はなぜ余計なお世話?心配性を改善したら答えがわかった!

佳見 そら

問題を解決した女性のイラスト

家族の心配、友達の心配、職場の人の心配‥。周りの人への心配が、多くはないですか?

実は私も心配性でした。以前は、周りの人への心配が多い人って「優しい人」っていう、いいイメージ‥(*‘∀‘)

でもわかったのです。「心配のし過ぎは、余計なお世話だ」って。

私は不安や気にしすぎばかりの自分を変えたい!と、さまざまな実践をし、約2年かけて「自分が変わった」という実感を得ました。

そう、自分が変わってみたら、なんと人から心配されることって嬉しくない! (でもあえて「ありがたい」と思うようにしています…)。

ここでは、なぜ心配が余計なお世話なのか。その理由を、私が勉強した範囲での知識と、心配性の自分とそうでない自分の両方を体験しての視点からお伝えしていきます。

心配=ネガティブな波動です

私がさまざまな本を読む中で知ったのが、基本的に「心配=悪」だということ。

よかれと思って心配している人は、「え~~」という感じでしょうか。

もちろん「周りの人に対して心配をする → だからこそ気にかけたり対策をしたりして悪い結果を防げる」などというケースもあるとは思います。

でも「心配のしすぎ」や「心配するだけで特に何もしない」は、余計なお世話なのです。

なぜなら、心配をすることで「ネガティブ」を相手に送るから。

改めて「心配」の意味を調べると、

  • 物事の先行きなどを気にして「心を悩ますこと」
  • 可能性のある状況や出来事に対して「恐れること」

そう! 悩むことも先を恐れることも「ネガティブ」ですよね。

周りの人の心配をしすぎたり伝えたりすることは、相手にネガティブな情報やエネルギーを送り、相手を楽しくない気分にさせます(*´з`)

さらに「引き寄せの法則」「波動の法則」では、意識していることと同じ現実が引き寄せられると言われています。すなわち心配の波動を相手に送ると、その通りのことが起きる可能性が高まるのです。

アメリカの自然医学の専門家・ミッチェル・メイさんによると、人間の思考(意識や念)が、なんと他人の体調にも大きく影響するそう。

「相手に何を言われても気にしない人」などならともかく、「他人からの影響を受けやすい人」に対しては、迷惑この上ないと言えますね(´Д`)

心配性の自分と改善後の自分で感じること

世の中には、大きく分けて心配性の人とそうでない人がいます。

同じ「種」があっても、それを心配するかしないかは自由なのですよね。

心配性の定義

「心配性」とは、ささいなことまで気にかけて心配する性質のこと。

もちろん「心配性」と一言で表しても、

  • 自分の心配はするけど他人の心配はしないとか
  • 体調が悪い時だけ、異常に心配性とか
  • 我が子のことに関してだけは心配性とか‥

まあ、いろいろあるでしょうし、程度の差もありますが…。ここでは「常に」「あらゆることに」、心配が癖のようになっている人をイメージして書きます。

自分が心配性の時は‥

私の場合、自分が心配性の時は、他人から心配してもらえると嬉しいことが多かったですね。一緒に心配できる時は「心地よさ」も感じるような‥‥。

周りの人の心配をすることも、多かったなぁ。でも相手が何とも感じていない様子だと、妙に拍子抜けするような‥(←迷惑この上ないですね)

だから心配性の人ばかりと、どんどん仲良くなる。 でもその結果、

  • 心地よさは感じても心配はなくならない、どころか大きくなる
  • 知らなかった「心配の種」まで知ることが多い
  • 心配していなかったことまで心配になることが増える

どんどん「心配・心配」のサイクルにはまっていくのです! 今となっては「引き寄せの法則」にも本当に納得です(;’∀’)

心配性が改善されてからは‥

心配性を改善してからの、私の考え方や行動を思い浮かべると。

  • 物事のよい面を見る習慣がついている
  • ポジティブに考える癖がついている
  • 何かあっても「なんとかなる」という思考になっている
  • 必要だと思えば、きちんと行動して解決させる
  • 自分の力、相手の力を信じている etc.

すなわち「そもそも心配しない」もしくは「心配してもすぐに切り替えている」のです。これは40年以上生きてきて、初めて実感として知ったことです。

「ああ、心配性でない人はこういう思考なんだろうなぁ」としみじみ。よい意味で「他人のことを考える時間」も、だいぶ減りましたね。

「心配=余計なお世話」の理由と事例

前述の通り、心配性を改善してからは「そもそも心配しない」「心配してもすぐに切り替えている」。必要だと思えば「行動する」。

それなのに、周りの人から心配の声をかけていただくのは、ネガティブ情報を脳に入れられたり、場合によっては「蒸し返されている」気分になる! それがわかったのです。

気にかけてくださるのは嬉しいし、ありがたいこと(^_^) でも必要以上に「心配を押し付けてくる人」は迷惑ですよね。

第三者についての心配ネタ(体調・生活・態度など)を話してくるのも同じ。本当に支援が必要な場合もあるでしょうが、意外と「話したい」だけで、何も行動しないパターンの多いこと‥。

申し訳ないのですが、周りの人に「心配」というネガティブ波動を植え付けないでほしいなぁ(過去の自分にも反省です…)。

余計なお世話の事例①

我が子二人のあらゆる体調不良が、たて続けに起こったことがありました。看病に少々しんどい思いはしたものの「これも子育ての一つ」「気づきを与えてくれたよい機会」という思考でした。

落ち着いた頃、心配性のママさんに「1年1組だけ異常に感染率が高い。担任がよくない」だの「重なる時は何かある」だの「まだ油断できない、病み上がりが心配」だの‥‥私が何を言っても心配は続く~~っ(*_*)

余計なお世話の事例②

よく行く派遣先メーカーの社員様方は、正直私に対して「気配りが行き届いている」とは言えません。でも私は別にいいと思っているし、社員様方のよい面も知っているので、むしろ「ありがたい」と思っています。

しかしいろんな事情を知る隣のメーカーのおばちゃんが、まぁあらゆる心配をしてくれます。時にはわざと社員様に聞こえるように話してくることも…。私はそんなに弱くないんですけどね(笑)

余計なお世話の事例③

約2年前に引っ越してきた若夫婦のお宅に、自治会の班長が回ってきた時。私は若夫婦さんを2年間見てきて「ストレスなく、そつなく仕事をこなしそう」な印象を持っていました。

しかし近所のボス的存在は、ありとあらゆる心配をしては若夫婦さんに確認したり教えたり…。どう考えても不要な情報も多く、若夫婦さんも苦笑い+「ウザい」という心の声が見えましたね(*´з`)

「気にかける」ことはしていきたい

他人の心配をするのは余計なお世話? じゃあ何もしなくていいのね!

ではなくて、私はさりげなく「気にかける」ことはしていきたいと思っています。

たとえば、前述の「余計なお世話事例③」の若夫婦さんに

  • 「何かあればいつでも遠慮せず聞いてくださいね」と声をかけたり
  • 気になる時は、ちらっと「大丈夫ですか?」と聞いたり
  • 必要な場面ではさりげなくフォローしたり‥‥。

「心配」ではなく、気にかけて必要な時は助ける。もちろん自分の考え方や見極めがすべて正しいとは限りませんが、今はそんな感じを目指しています(*’ω’*)

まとめ:心配しすぎなくて大丈夫

余計なお世話と言われようと「周りの人の心配をしてしまう」。これは、もう仕方ないです。

でも今までの人生を振り返ると、仮によくない出来事や状況になっても、なんだかんだ

  • なんとかなっていたり
  • 気づきや学びにつながっていたり
  • そのおかげで人の優しさに触れられたり‥

そんなことも多いと思うのです。

必要以上に心配しすぎなくて大丈夫です。周りの人とは、楽しい話題で幸せな時間を過ごしましょう☆

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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