
40代主婦。 最近は、思うことを気ままに書いてます (;’∀’)
いわゆる「いい人」には、つい甘えがち。
- いい人だから、何をしても大丈夫
- 謝らなくても許してくれるだろう
- お礼を言わなくていいや etc.
でも実は、いい人にほど誠実に接しないと、後が怖いのかも‥
ここでは、一般的な「いい人」の定義、「いい人」ほど徳を積んでいること、「いい人」に誠実に接しないと損が大きいかもしれない理由についてお伝えします。 (一部「仮説+私がそう感じるだけ」が多い記事なので、ご了承を (;’∀’))
ここで言う「いい人」とは
大前提として、
- 誰もが「いろいろな部分・人格」を持ち合わせている。
- 誰もが、一般的に言う「いい部分」も「悪い部分」も持っている。
- よって「いい人」「悪い人」という概念は、本来ない。
でもやっぱり、日常生活で「あの人、いい人だなぁ」などと思うことはある (;’∀’)
この場合の「いい人」の基準は、人それぞれだけど‥‥
以下のような人が「いい人認定」され、好かれるケースが多い気はします。
- (誰に対しても) まじめ、誠実
- 言葉や行動に思いやりがある
- 笑顔や柔和な表情が多い
- 感謝の気持ちや言葉が多い
- 自分の損得やエゴからの行動がない
- 周りに合わせられる
- 感情が安定している
- 一緒にいて心地いい etc.
もちろん、誰からも好かれるわけではない。
- 八方美人に見え、その側面を嫌う人
- 優柔不断な面があり、その側面を嫌う人
- 嫉妬や波長の違いから嫌う人
なども、いるかもしれません (‘_’)
「いい人」ほど徳を積んでいるもの
先に挙げた通り「いい人」と言われることが多い人は
- 誠実、思いやりがある
- 笑顔や柔和な表情が多い
- 周りとの調和を考えて行動する
など、一般的に言う「よい行動」が多いです。
これはズバリ、日々「徳を積んでいる」ことになります。
もちろん「心が伴っているか否か」「自己犠牲の色が強いか否か」なども多少は関係あるでしょうが、とりあえず「よい表情・発言・行動」として表に出しているということに変わりはない。
徳を積むとどうなるか。 AIによると
- 人から好かれ、信頼や人望が得られやすくなる
- 思いがけない幸運やチャンスに恵まれやすくなる
- 周りから助け・応援・協力が入りやすくなる etc.
要は、その人にとって「いいこと」が起こりやすくなる、ということ。
(この「いいこと」は、万人に共通した「いいこと」の場合もあるし、その人にとってのみの「いいこと」の場合もある)
多くの人は、好きな人には好意的な接し方をするし、心理学の「返報性の原理」でも説明ができるし‥。それに加え「いい人」には、目に見えない力 (素粒子の力、神様や天からの応援) も入りやすくなるし☆
「いい人」にほど誠実に接しないと損が大きいかも‥の理由
飽くまで「こうなる可能性もあるのかも」というお話です (;’∀’)
見切りをつけられ距離を置かれるかも
いい人の中には
- 穏やかだけど、観察力・洞察力が鋭い
- 心の中では、厳しく他人をジャッジしている
という人もいます。
そういう場合「自分のことを『いい人』だと思い、邪険に扱っている」という相手の行動を、見抜いている。
で、さっと距離を置くのです。
(状況により「心の中でのみ距離を置く」という場合もあるでしょう)
「我慢が多い」「自己犠牲の色が強い」というタイプのいい人の場合、突然爆発する可能性も‥。 一気に距離を置かれたり、豹変や手のひら返し、というケースもあるかもしれません (*ノωノ)
そうなると関係修復は難しいですね。
また、いい人は味方が多い傾向があるので、嫌われると逆に厄介になる側面もあるでしょう。
因果応報で、自分に悪いことが起こるかも
因果応報とは「行いの善悪に応じ、必ずその報いがある」という意味。
すなわち
- 「(一般的に言う) 善い行動」が多い人は、よいことが起きやすく
- 「(一般的に言う) 悪い行動」が多い人は、悪いことが起きやすい
ということ。 仏教の教えに由来する言葉です。
単純に、相手が「いい人」だからといい
- 甘えて邪険に扱う
- 謝るべき場面で謝らない
- 感謝すべき場面で感謝しない
などの行動は「よくない行動」と言えるでしょう。
その報いは、いずれ何らかの形で自分に返ってくる。
脳科学や量子力学の側面から考えると「自分も人から邪険に扱われる」「人からお詫びや感謝がなく不快になる」という出来事が起きやすいと言えると思います (‘_’)
いい人の念で、自分に悪いことが起こるかも
いい人ほど、敵に回すと怖いのかも。
いい人の中には、神様仏様守護霊様などの力 (御力・天の力) が大きく入る人がいる。
- なんとなく思った願いが叶っちゃう
- 不快を感じると、それが取り除かれたり減ったりする状況になる
- 「大難が小難、小難が無難」になる (被害の程度が下がる) etc.
「偶然」を超えた、大いなるもの。
繰り返しになりますが「いい人」といっても人それぞれなので、
- いい人の本心・潜在意識
- いい人の精神レベル
- いい人の過去や過去生での行い
などにより、現実化する出来事の内容や頻度は変わります。
加えて、すべての物事は複数の要因から成るので、他の人の心・行動・魂のプログラム (必要な学び) なども関係してきます。
あっ、無意識のうちに「神様だったらこう思うのかな」という視点で物事を見るような「いい人」の場合、その人の周りの人に「応援」や「(一般的に言われる) 天罰みたいなもの」が入りやすくなる。 なんてことも、あるのかも。
目に見えないものなので、証明はできない。
もちろん、誰に対しても誠実に接しなければ、それ相応の報いはあるでしょう。 でも「いい人」にほど大いなる御力が入るのだとすれば、「いい人にほど誠実に接しないと、自分への損が大きくなるのかも」と言える!
(ただ、悪い出来事が起きても、そこから学びを得れば、その出来事は「よいこと」に転じます。)
じゃあ、どうすればいいか?
誰にでも、分け隔てなく (区別なく平等に)、接すればいい。
もちろん完璧には難しいし、状況により一概には言えない部分もあるけど‥
誰に対しても
- 謝るべき部分では謝る
- 感謝する部分では感謝する
- フォローや声がけをした方がよい部分では、そうする
など、無理のない範囲で心がけたい。
意外と無意識のうちに「いい人」に甘えていること、あるかもしれないから。
最後に‥‥。まぁ「見えない力 (念など)」を必要以上に怖がることはない。
気になる方は「念の対策」について調べつつ、できる対策をすれば大丈夫 (*^。^*)
あとは日々 自分をいたわり大切にする。 無理のない範囲で徳を積んでゆく。
そうやって、また生きていきます (*^-^*)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






