「あの人はあんなにできるのに」「自分には何もないなぁ」‥‥。
すぐに人と比較して落ち込むのは、しんどい。 といっても、やめられない (>_<)
ここでは「人と比較して落ち込みやすかった自分」と「人と比較しなくなりラクになった自分」の両方を経験している立場から、対処法や心がラクになる考え方などを、まとめていきます。
あなたの心に合うモノが、あるといいなぁ。
大前提!人と比較するのは仕方ない
大前提として、人と比較するのは仕方がない!
家族・親戚・学校・職場など、人と比較される環境で育ってきた人が多いからですね (もちろん個人差あり)。
だから「人と比較してばかりの自分はダメ」って思う必要はない (‘ω’)
また、人と比較すること自体は、必ずしも悪くありません。
- 人と比較するからこそ気づけること
- 人と比較することで頑張る意欲がわくこと
- 人と比較することで感謝などのプラス感情が抱けること
もあるからですね。
ただ「人と比較して落ち込む」。しかも「それが頻繁」とか「一度落ち込むと長引く」となると、話は変わってきます。心がしんどいし、楽しくもないですからね (*´Д`)
人と比較して落ち込む時の対処法
人と比較して落ち込みやすい人へ、対処法を 7つ。さらっと解説します。
「その人のすべてと比較したわけではない」と考える
いま比較して落ち込んでいるのは、その相手の「ごく一部分」についてです。
その人のすべて (性格・現在の環境・過去の経験や苦労・育った環境など) を知っているわけではない (‘_’)
自分のすべてを明かしたり、心の内すべてを見せている人なんていないでしょう。相手が「意外な悩みやつらい経験」を抱えているという場合も、多いと思います。
「人との比較は意味がない」と考える
いま比較して落ち込んでいる。その相手は、世の中のごく一部の人であると思います。
- その相手よりも、もっと上の人が世の中にいたり (人との比較はキリがない)
- 今いる国や組織・環境が変われば、比較せずに済むことであったり
- 視野を広げれば、自分と似たような人が多数いたり‥‥。
そういうことに気づくだけでも、落ち込みを軽減させられることがあります。
何かに集中する
集中できれば、他人を気にすることがなくなります。たとえば
- 仕事や家事などで「ものすごく忙しい時」は、人と比較する余裕なんてない
- 自分の夢や目標に向けて必死に努力している時は、いい意味で人のことが気にならない
- 自分のやるべきことや趣味に没頭できると、いい意味で人のことがどうでもよくなる etc.
あえて忙しくさせたり、何かに「集中」したりすることで、人と比較して落ち込むことが減るのですね (^-^)
目の前のことに集中するコツは、ぜひ以下の記事を。
今に集中するコツがやっとわかった。日常生活で練習しラクで幸せに。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜 (kinisinai-jibun.com)
自分の「長所」「頑張っていること」に意識的に目を向ける
誰にでもそれぞれ、長所や魅力があると思っています。
また、人と比較して落ち込み、こういう記事を読んでいる時点で「十分に頑張って生きている」。
もっと自分を褒めてあげていい。ただ生きているだけでも、素晴らしいのです。
大人になると、人から褒めてもらえることが少なくなりますよね。だからこそ「意識的に」自分の長所や自分なりに頑張っていることに、目を向けた方がいいと思うんです。
自分を「大したことない存在」だと受け入れる
スリランカ出身のお坊さんであるアルボムッレ・スマナサーラ氏の著書で得た考え方です。
自己卑下というわけではなく「自分は大したことない存在」と受け入れてしまう。
すると素直に「あの人はすごいなぁ」とか「とてもかなわないや」などと思える、というわけ。「大したことない=自分はダメ」っていうことではないし、そう考える必要もありません。
人と比較されやすい環境から、できるだけ離れる
たとえば、以下のような感じです。
- 職場で人と比較して落ち込むのなら、休憩時間は外に出たりなるべく早く退勤したりする
- よくマウンティングしてくる友人知人とは距離を置く or つきあいをやめる
- 人と比較ばかりしてくる家族・親戚とは、最低限のかかわり or 精神的な距離を置く
1分でも1秒でも、人と比較されやすい場所や人から離れる。で、離れたら少しでも「自分が心地いいと思えること」や「今していること」に集中し、できるだけ忘れるようにしましょう。
人と比較して落ち込むようなモノを見ない
代表的なのが、SNS。
たいてい皆「いいところ」しか載せないし、場合によっては「盛る」とか「嘘」とかも‥(-“-)。
モノや情報にあふれた現代、自分が見るモノは「自分で選ぶ」意識で。人と比較して落ち込むようなSNS・ネット記事・雑誌・テレビ番組などを見ることに、時間を使う必要はありません。
人と比較して落ち込む時に「みんな同じ」と考えてみる方法
人と比較して落ち込みにくくなる期待ができる、3種類の「みんな同じ」という考え方をご紹介します。
みんな、価値のある存在
人は誰もが、等しく「かけがえのない存在」。
「何かができるから優秀」とか「何かを持っているからすごい」とかではない。
一人一人が
- 無限の力や可能性を持つ存在
- 全知全能の神 (もしくは宇宙・天などの大いなる存在) とつながる存在
- ありのままで十分に価値がある存在。
とかいう考え方を、採用してみる。 自分もすでに「スゴイ」し、ただ生きているだけで素晴らしい。
まあ、こういう精神世界寄りの考え方は、なかなか腑に落とすのに時間がかかるのですが…。
私の経験上「そういうものなんだ!」「きっと、それが真実!」と思い込むのも一つ。毎日「みんな同じように価値がある」などとつぶやけば、潜在意識に入り込んで本当にそう思いやすくもなります。
みんな、ちっぽけな存在
反対に、人は誰もが「ちっぽけな存在」だと考える方法もあります。
前述のアルボムッレ・スマナサーラ氏の著書で得た考え方です。
宇宙に存在するすべての物が「ちっぽけな存在だ」と思えばいい。太陽だって、広大な宇宙の中では「無数にある星の一つにすぎないのだから」と言います。
「すごい」「うらやましい」と思うあの人も、「ただの人」にすぎないし (;’∀’)
比べる対象や組織を変えたら、決してすごくなくなるかもしれない、とも言えます。(上記の考え方に比べたら低次元ですが…)
また、先日読んだビートたけしさんの「自分への生前弔辞」に、「スティーブ・ジョブズも、くたばりゃただの骨」と書いてありました。
超すごい人も、超お金を稼いだ人も、「死」の問題だけはどうにもできない。みんな同じだ。
ちなみに私は「どうせちっぽけな存在で、ただ生きて死んでいくだけなのだとしたら‥。大したことできなくても、自分なりの小さな幸せを感じて日々生きていきたい」と思います。
そもそも「自分」なんてない (自我をなくす)
これは、私も含めて完璧に理解するのは難しい人も多いでしょうし、簡潔にまとめるのも難しいのですが…。
自分が思っているような自分 (自我) は、そもそもいない (と考えてみる)。もしくは意識的に自我をなくす。
そうすれば「自分」がないから
- 人と比較して落ち込むこともないし
- 誰かに何かを言われても、傷つかないし
- 不安や恐れがなくなり、のびのび生きられる
というわけです。(「何でも人に合わせればいい」という意味ではありません)
具体例として、アルボムッレ・スマナサーラ氏は
- 生命を形づくる細胞は、常に分裂と死滅を繰り返す
- だから「私」を構成する筋肉や血液や臓器などは、常に変化している
- 1秒に1億個ぐらい「私」は変わるのだから、「私」は便宜上ラベルを貼っているだけにすぎない
と言います。だから「自我は錯覚。変わらない確固とした『自分』はない」と。
思えば、自分自身や周りの人のことを考えても、自意識過剰の時や歪んだ自己愛を持った人の方が「人と比較してネガティブ感情になったり」「バカにされたように感じて傷ついたり」が多かった気がします。
「自分」に執着しない方が、ネガティブな感情も減る感じ。
もちろん、世の中で生きていくために「自分という意識 (自我)」や「自分の名前や体」は必要。でも必要以上に自分と他人を区別しないとか、自我を意識しすぎないようにすることで、ラクに生きられる実感があります。
ちょっと難しいですね‥‥( ;∀;)
「自分がない」「自我を手放す」ということについては、奥平亜美衣さんの著書「本当の自分を知る本 (SB クリエイティブ株式会社)」がわかりやすいと思います。
まとめ:少しでもラクになる考え方を!
人と比較して落ち込む時の対処法や、ラクになる (かもしれない) 考え方をご紹介してきました。
もし、心にフィットする対処法や考え方があれば、今日から取り入れてみてくださいね (^-^)
人と比較するのをやめる私の実践方法については、以下の記事をご覧いただければと思います。
人と比べるのをやめたい…ラクで幸せになれる5つの実践 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜 (kinisinai-jibun.com)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。