
評判とは‥‥ うわさ、周りの人の感覚的な判定。
世の中には、現在「評判の悪い団体」も存在します。
たとえば、学校・会社・職場・部署・お店・サークル・自治会など。
そこに所属する前なら、入るか否かの選択ができる場合もあるけど‥
すでに「自分も一員」あるいは「一員にならざるを得ない」場合、どうするか。
ここでは、自分が所属している団体の評判が悪い時に「自分はどうするか」「どう考えるか」についての5つの方法をお伝えし、後半で「最近の私の身近な例」を気ままに書きます (;’∀’)
所属する団体の評判が悪い時、どうするか
まずは、所属してみての「自分なりの印象」を大事にしたい。
気にしない
所属してみての自分なりの評価が、意外によくても、予想通り悪くても。
評判なんて 気にしない、スル~~。
- 世の人全員が、悪い噂をしているわけではない
- よく思っている人も、いるかもしれない
- 人々が24時間、悪い噂をしているわけでもない
- すべての物事は移ろいます。諸行無常。
- ずっと評判が悪いかはわからない
- そもそも人々が噂をし続けるかも、わからない
- はたまた、その団体が存続し続けるかもわからない
- 空から世の中を見れば、評判の悪い団体なんていくらでもある
- よく考えれば、評判が悪いから何なのだ
- 自分が悪いわけではない
- その団体に所属する自分は、自分の中のたった一部
- 長い人生の、ほんの一瞬のことだ etc.
だから「言いたい人には言わせとけ」って感じで終了 (‘ω’)/
ネガティブな思考や感情になる
そんなこと言っても‥‥
気にしちゃうよね‥‥ (以前の私もそう)
だって、自分が所属するところの評判が悪いなんて
- 残念、悲しい
- 嫌だ、悔しい
- みじめ、みっともなく感じる
- 噂する人たちのことが許せない
- 親や周りの人たちに申し訳ない‥‥
どれもOKです。
そういう思考や気持ちは、感じようとして感じるのではなく、湧き出ちゃうものなのだから。
私たちは「いろいろな体験をするために生まれてきた」という説があります。
ネガティブになることもその一つで、「良い面」もある。
- 自分の感情や考え方のクセに気づける
- 似たような人の気持ちが理解できるようになる
- 「当たり前のこと」「いいこと」に有難みが湧く
- 何らかのリスクを回避できる
- 逆に意欲につながる etc.
だから「そう感じてもいいよ」「そう考えちゃうのも無理ないね」「毎日がんばっている自分はエライ」などと、自分に寄り添う。 その上で切り替え、好きなことや楽しいことをして過ごせるのが理想なのかもしれません。
再びネガティブになっても、切り替える。 人生、その繰り返し (*^-^*)
以下の記事もご参考に (後半に、切り替え方法をまとめた過去記事のリンクも多数貼ってあります)。
★ネガティブ感情を「お友達」だと思うと、受け入れやすくなるかも。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
「自分は自分」で行動する
所属してみて、実際に「評判が悪いのもわかる」と思うケースもあります。
でも、そこに染まるか染まらないかは、自分しだい。
- 自分は評判の悪いことをしないぞ
- できるだけ自分と似たような人と付き合おう
- ちょっと悪い人たちとは、割り切った付き合い方をすればいい
- 気分は一匹狼でやっていこう
- 帰宅したら切り替えて楽しもう
などと思って行動するのも、自由です。
状況や雰囲気によっては、なかなか難しい場合もあるでしょう。 でも強い意思を持ち、自分に見えないバリアを張るイメージで「自分は自分」で行動する気概を持つ (のも自由)。
また、できるだけ
- その団体の「よい部分」を探し、目を向ける
- 変な人、嫌な人の「よい部分」を探し、目を向ける
- 感謝の気持ちを持つ、言葉にして伝える
などをしてみるのも自由です。
量子力学的、あるいは引き寄せの法則的にも、そうした方が自分の目の前に「よき出来事」「ありがたいこと」が現れる可能性が高まります。(自分にとって「得」とも言えるのかも!)
「その評判を変えてやる!」という気持ちで動く
先述と重なりますが‥‥
自分一人でも、(一般的に言う)よき行いを積み重ねることで、その団体の評判が変わる可能性もゼロではありません。
そもそも、世の中のすべてのモノは不確かな存在である「素粒子」から成ります。 仏教でも「すべてに実体はない」と教えられており、悪かった評判がマシになったり逆によくなったりという可能性もある。
あんな悪い評判で悔しい!
自分が変えてやる!
そう思うのも、また自由です!
たとえば、自分一人でも「よいこと」「よい考え方」をしていれば、
- その団体の中で、同じような仲間が見つかるかもしれない
- その団体の人の「よい部分」が現れるかもしれない
- 外部の人から「あの団体の人がよい行いをしていた」と評価されるかもしれない
「微力」かもしれませんが、自分が誰かに影響を与え、その誰かが誰かに影響を与えていく可能性が出てきます☆
どうしても合わない場合は退くのも一つ
と、ここまで書いてきましたが‥‥
その団体や雰囲気、自分に合うかどうかなどは、実にそれぞれ。
- 割り切ろうと思ったけど、上手くいかない
- 心身を病んでしまった、体調がすぐれない
- 嫌で嫌で仕方ない、生きるのもしんどい
などの場合は、無理せずに「逃げる」選択をするのも自由。
状況に応じた適切な人 (家族、友人知人、AI、場合によっては心療内科の先生やカウンセラーさんなど) に相談もしつつ‥。 目を閉じてゆっくり深呼吸し、自分の本心を探るのもお勧めです。
最近の私の身近な例
私の身の回りのことを、二つ書きます。
比較的近所にある県立高校
評判が悪いです。
中学校の進路相談でも、あからさまに先生が勧めないらしい。
偏差値的にも底辺。
でも私は、その高校の近くの公園で、よくジョギングをするのですが
- 登校中の生徒の服装や雰囲気など、ごく普通
- (車の運転中) 横断歩道の前で停まると、多くの生徒が会釈して渡る
- 野球部は熱心に練習しているし、球場での態度もよい
- 体育の授業もまじめに受けている etc.
飽くまでも「私が見る限り」ですが、荒れている気配は感じられません。
なんだか評判が悪いのが「モヤモヤ」「悔しい」みたいな気持ちも、ちらつきます。
なので、誰かとの会話中にその高校の悪評が出てきたら、上記の例も挙げながら「私はそうは思わないんだよね‥」と言っています。 (あっ言い方には気を付けます。穏やかな表情と語り口で (;’∀’))
我が子の部活動
バレーボール部に入っていますが、昔から「治安が悪い」とか言われています。
内訳としては
- 退部率が高い
- トラブル・揉め事が多い
- 反抗的な生徒が比較的多い etc.
親子共々知っていたけど、入部しました。
まあ、どうしてもムリなら「その時に考えよう」って感じで。
入部後に私も我が子も、複数の人に「よく入ったね」みたいに言われたりもした (;’∀’)
実際に活動に参加してみて
- たしかに退部率は高い (現在はギリギリの人数でやってる)
- なんか噛み合わないことも少なくない
- めちゃ自由人や、態度がよくない、気分のムラが激しいなどの生徒がいる
と感じますが、私が見る限り「中学生だし、まあそんなもの」だとも思う。
むしろ保護者は常識的でいい方ばかりだし、我が子も楽しく参加しているので、皆様に感謝しています。
最近たまに「この悪評を、くつがえせたらいいな」という考えがよぎることがあります。
微力ですが、
- 悪評を直接聞いたら、和やかな顔で「そんなことはないよ」と言う。
- 顧問の先生や保護者・生徒の皆さんに感謝の気持ちを持ち、言葉でも表す
- ちょっとした問題が起こっても、愛と思いやりを持って対応する
- 我が子と練習する時は思い切り楽しむ
- 毎日の祈りの儀式や、試合の観戦中などに、皆が光で満たされているイメージをする
などをゆるく心がけ、少しでも「よきエネルギー」「いい空気」を送れたらいいな、と思っています。
まとめ:つい批評や噂をしてしまうけど‥‥
自分が所属している団体の評判が悪い時に「自分はどうするか」「どう考えるか」についての方法について、主にお伝えしてきました。
私たちは評判、特に「悪い評判の話」を、しがちかもしれません。
でも「団体」なので、全員が悪いわけではない可能性も十分にあります。
また、昔から仏典や聖書でも教えられている通り、そもそも人はいろいろな部分を持っているとも言えます。「悪い人」に見えてしまう人も、その人の全部が悪いわけではないし、いい人に見える人にも「悪」の部分があるのでしょう。
以下は関連記事のリンクです。
★自分も他人もブロックでできてるって考え、ラク&幸せに生きる。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
でも、ある視点から見れば、そもそも物事にいい・悪いはないのですが‥ (;’∀’)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






