
一つ記事が仕上がったけど、急きょ書きたくなったから書く。
どうにこもうにも腹が立つことがある。
- でも「ここから大きな学びがある」と本当に思う。
- 感謝も、本当にしている。
- 相手への共感や「自分も似たようなことをしたことがある」と気づいてもいる。
でも、やっぱり腹が立つ。 という感情もある。
なんだか私が思っているというより、何かから思わされている感覚だなぁ。
ここでは、私のつぶやきや、「ぐるぐるワーク」という感情を書き出す実践をしたことなどを、まとめます (;’∀’)
ぜんぶ本心から、思っている。
詳細は割愛するけど、たとえば子ども関係のこと。
- 我が子の望みは叶ったのだから、我が子は喜んだに違いない。
- 私の気持ちは、ただの親だけのエゴ。
- 周りの方々には、本当に感謝している。
- 周りの方々の気持ちも、本当にわかる。
- 私も逆の立場なら、同じことをしたかもしれない。
- でも無性に怒りが湧く時がある。
- ここまで考えてしまうのは、きっと神様が「学びなさい」と仰っているのだ。
たとえば、近所のプチストーカーチックな男性のこと。
- 頻度は減ったと言えど、まだスレスレの行動をしてくる。
- いや、人と挨拶を交わしたいだけかもしれない。
- そうだとしたら、それの何がいけないのかとも本当に思う。
- でも私は不快で「やめてほしい」と言いたい。
- なぜか若い頃から似たようなことが多い。
- 私の過去生やカルマが関係しているのかもしれない。
- そしてそれらを、少しずつ愛をもって解消する機会なのかもしれない。
無理はしていない。 ぜんぶ本当に思っている、腑に落ちている。
そして「あとは、創造の源 (神様・宇宙・流れ) にゆだねればいいだけ」とも本当に思う。
創造主は、意外と残酷だ。 (でも、それも愛なのだろう)
「子ども関係のこと」に関しては、周りの方々の望みが連続で打ち砕かれた。可哀想になるほどの結果で、私がドキドキしてしまったほど。 「プチストーカーチックな男性」も、自治会で残念な役回りが来ることが判明。
「ぐるぐるワーク」を試してみた
それでも、いまだにモヤモヤや怒り、不快感などが、ふっと湧くことがある。
自分を責めない。否定もしない。まるごと受け入れよう。
以前、当ブログのコメント欄で、桑名正典さんの存在を教えていただきました。
時々YouTube (特に新月時と満月時の瞑想動画) を拝見しています。ありがとうございます。
その桑名さんが勧めてくださっている「ぐるぐるワーク」を、知ってはいたけど、やったことがありませんでした。
- いろんな感情を紙に書き出して燃やす。ここまでが1セット。
- ビリビリに破いて捨てるとかではダメだそう。
- 燃やすのに抵抗がある人は、水に溶ける紙に書いて流してもいいとのことだけど‥
なんとなく面倒で (笑)
でも、今回は自然と
- やってみよう!
- 水に溶ける紙を買おうか‥‥でも面倒
- そうだ、ストックのトイレットペーパーに書いたらどうかな
とひらめき、早速ちょっとアレンジさせていただいた形でやってみました (;’∀’)
うちはダブルのタイプなので、比較的書きやすかったのかもしれませんが‥。 ボールペンでいろんな気持ちを書き出し、トイレに流し「ありがとうございます」と合掌しながら3回唱えました。
うん、スッキリした気がする!
というか、頭から嫌な思考が自然と離れてくれ、
- 緑の木々の中のスロージョギング
- 買い物や家事
- 昼食や好きなことをする
など、普通に心地よく過ごせました (*^。^*)
(正しいやり方・目的などは「桑名正典 ぐるぐるワーク」で検索してみてください!)
どれも本当の私の気持ち。それでいい。
そして、桑名さんが仰るように、誰にでも「(一般的に言う) よい部分と悪い部分」がある。
相手や状況、自分の体調などによって、いろんな自分が顔を出す。
それでいい。
心からそう思えると、他者も許せる。
それでも、なんかモヤモヤする時は、またトイレットペーパーで「ぐるぐるワーク」をやる! で、日々の仕事、緑の木々を見ながらのジョギング、瞑想、家族と会話、野球観戦、家庭菜園、音楽などに親しめばいい☆
ああ、私は自由だ。
「夏至」は強いエネルギーが流れ、心の変化を後押しするという説もあります。
きっと夏至の前だから、いろんな感情がボワッと出たんだ。
そして、それらの感情は私に深い気づきや学びをもたらし、今よりもっと「心がラクで楽しくイキイキした人生」を送れる!
とテンション高く思ったりもするけど、心の成長 (魂の成長) は少しずつ少しずつ。
進んでは戻ってということもありながら、少しずつ少しずつ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。






