
この記事の要点を、先にお伝えします。
- ご縁の深かったママ友を、7年ぶりに見かけた
- 「うわっ、気づかれないようにしよう」と思う
- 思い出 (特に嫌な感情) が浮かんでくる
- でも、ちょっと待てよ? 視点を変えて考えよう
- 彼女の愛や思いやりを感じる思い出が次々と浮かぶ
- ああ、彼女に会えて嬉しいじゃないか。元気そうでよかった。
- きっとこっちが、私の「本当の」気持ちなのだろう。
ということを、ここからダラダラ書くだけ (;’∀’)
すみません、ただ書きたいから書くだけの記事です‥。 一応、最後に少しだけ「考え方を選ぶ」「前向きな考え方を採用する」ということのコツや方法をご紹介します (過去記事のリンクも貼ります)!
スーパーの駐車場で「そらカフェ」をしようと思ったら‥
「そらカフェ」とは、スーパーとかの駐車場で、車の中でコーヒーを飲みながら読書などをすること。
いつも通り車を停め、コーヒーを買いに行くと
あれっ? 見覚えのある車、かも‥‥
たぶん、まゆちゃんママの車だ。 へ~ こっちの方にも買い物に来るのかぁ
コーヒーを買って再度その車の前を通ると、車の中に買った物を入れているオバちゃんがいた。
あぁ、まゆちゃんママは若くてキレイだから、違う人か。
車に戻ってコーヒーを飲み、幸せ~~ (*^。^*)
- あれ? でも最後に会ってから7年経つんだよね
- まゆちゃんママを老けさせたら、あんな感じになるぞ
- うわっ、私も気づかれたかも‥‥
あれこれ考えていたら、その車がこっちに近づいてきた。
とっさに身をかがめていた。 私もあの頃から車を変えていないし! しかもこの日に限って、白髪染めに行く直前だし、15年前ぐらいから着ているコートだし、マスクはよれよれ‥。 いつも通り変なメガネだし (;’∀’)
とてもシンクロの多いママ友だった
まゆちゃんママは、第二子の幼稚園の時のママ友。
とにかく、最初から共通点が多かった。
- 入園当初に働いていた (ほとんどが専業主婦)
- 入園式の写真で歯を見せて笑ってた (多くの人が口を閉じてる)
- 誰も手を挙げない中、係に立候補した etc.
クラスのランチ会などで話すうちに、
- お互いの実家が徒歩数分の距離
- 昔吸ってたタバコ (マニアックな銘柄) が同じ
- 二人とも同時期に心身の調子を崩して退職 etc.
その他、言葉にしなくても「考えていることが通じ合う」という場面が多かったなぁ (*^-^*)
まゆちゃんママは、私が「できない、どうしよう‥」と思っている時に先回りしてやってくれたり「大丈夫、私が連絡しておくから」などと言ってくれたり‥。 (私がまゆちゃんママに同じようにできたかはわからんけど‥)
私より10ぐらい年下。とても愛のある気配り上手なママさんでした (ここは私とは違う‥ (;’∀’))
以下の記事は、シンクロの意味やなぜ起こるのかについても、まとめています!
★不思議! 同性でシンクロニシティがよく起こる相手が数人いる話。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
感謝と共に、劣等感・罪悪感・疑いなども感じた
人は皆、いろんな部分を持ち合わせるのだろうけど‥
まゆちゃんママは特に
- いろんな人格
- いろんな波動 (エネルギー)
- いろんな過去
を持っていた気がする。
そして私自身も、そうなのかもしれない (‘_’)
だからなのか?
- 互いの子ども同士がうまくいかないとか
- (私たちも含めて) 遊んでいる時にトラブルに巻き込まれるとか
- なんか急に噛み合わなくなるとか
そういうことも、まぁまぁあった。
まゆちゃんママとの付き合いの中では、罪悪感・疑い・悲観・自己否定・劣等感なども顔を出した。 もう7年も経つのに、姿と車を見かけたら、そっちの思い出や感情の方が先に現れた。
お日様の光を浴びて深呼吸していると‥‥
平日なのに、珍しく道路を行き交う車の流れ。
まゆちゃんママの車は、ようやく駐車場を去って行った。
ボワーっと太陽さんの光を浴びながら深呼吸をしていると、勝手に視点が変わった。
次々と浮かぶ思考は、光のように速い。
- 彼女のいい部分、尊敬できる部分、数々の思い出
- 彼女と私のシンクロする部分
- それだけ「ご縁」が深かったのだ
- たまに彼女の家の近くを車で通ると、いまだに「元気かなぁ?」と思い出している
- 今日見かけることができて、嬉しい
- 車が違っていたら、気づいてなかったわけだし
- 元気そうで、本当によかった
- たぶん彼女も気づいてた‥ そういうとこ、私に似てるから
意味と学びの深い出会い。なんだか今回の人生で、お互いに約束し合って出会った気さえする。感謝しかない。 そして、もう今生では、二度と会ったり話したりしないのかもしれない。
きっと、こっちが「私の本当の気持ち」
さっきまでの、いわゆる「ネガティブな思考・感情」は、何だったのだろう。
これが聖書で言う「石の心 (古い霊)」なのか。
こういう思考や気持ちは、どこで身に着けてしまったのだろう。きっと純真無垢で生まれたのに。
誰にでも神性や仏性、魂とかが備わるのなら‥
私のそういう部分が喜んでいない。がっかりしていたようにも思える。
今この瞬間感じている、彼女への感謝とポジティブな思い。
こっちの方が、本当の自分の思考や感情の気がする。
でも、この世界で普通に生きている中、とっさに出てきたのはネガティブな思いの方だ。
じゃあ、こっちが本当の私の気持ちなのか‥? どっちも本当の気持ちなのかもしれないけど‥
まぁ極論、どっちがどうでも、どうでもいいのだけど‥。きっと彼女への感謝と愛の気持ちが「私の本当の気持ち」。今この瞬間の私がそう思うのだから、こっちが真実なのだ。 で、そう思う方が、心がラクで幸せなのだ。
誰でも「考え方を選ぶ」という練習ができる!
私は約8年前から、とある本をきっかけに「考え方を選ぶ」練習をしてきました。
今も継続中、というか、ありがたいことに自然と切り替わることが増えました。
- ネガティブな思考も感情も抱いていい (頭に浮かんでしまうものは仕方ないし、ネガティブな思考や感情も大切なものだし)。
- でもダラダラ抱いていると、自分が苦しいし、幸せではありません。
- だから、その後の思考を「選んで」みる。ということが私たちにはできる!
1については、ネガティブな思考や感情を「受け入れる」ということ。
これが意外にできない。いや、そもそも「受け入れる」って何?
という方は、ぜひ以下の記事を。
★ネガティブ感情を「お友達」だと思うと、受け入れやすくなるかも。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
3については「前向きな考え方を採用してみる」という感じ。
たとえば
- 人や物事のよい面に目を向け「いいところもあるよね」
- 「この部分には感謝ができる、ありがたい」
- 「学びがあったぞ」「成長につながった」
- 「この程度で済んでよかった」「〇〇よりはマシだ」
- 「まあ、命にかかわるわけではないし」
- 「なるようにしかならない」「なんとかなるものだ」
- 「大丈夫、これでいいのだ」etc.
心からそう思えなくてもいい。「ああ、こういう考え方もあるんだ」って思うだけでもOK。
それを繰り返す、いわゆる「練習」するうちに、脳の構造や機能が変わっていくらしいです!
専門家ではないので難しい話は割愛しますが、私の脳もおそらく変わりました (‘∀’)
「考え方を選ぶこと」に関しての過去記事は多数あるので、2つだけリンクを載せます☆
★どれを選ぶ? 辛いことがあった時,心がラクになる5つの考え方。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
★嫌なことを前向きに捉えて生きる。人生、その繰り返し。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
いつか、もう一度、偶然まゆちゃんママに会ったら、声をかけ合う気もする。
たとえ白髪でも、よれよれの服とマスクでも‥‥
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




