
誰もが、この世に「使命を持って」あるいは「使命を見つけるために」生まれてきた。
という説があります。
その使命は、自分で見つけたり気づいたりするしかない。 正解もわからない。
だから
- ワクワクする人は、使命を探し続けるもヨシ
- 使命がわからず悩む人は、もう追求しなくてもヨシ
- けど‥‥ 普通に生きているだけで誰もが使命を果たしているのかも?
ここでは、私が「普通に生きているだけで誰もが使命を果たしているのかも」と思った理由と、でも「やっぱり使命を見つけたい」という方へのヒント (になるかもしれないこと) をお伝えします☆
「普通に生きているだけで誰もが使命を果たしているのかも」と思った理由
使命って、一般的に言う「大きな責務・役割」でなきゃダメなの?
誰もが、かかわった人に影響を与えているから
私たちは、お互いに影響を受け合いながら、生きています。
自分の
- 発言、言葉づかい、表情
- 振る舞い、態度、行動
- 雰囲気、意識 (目に見えないものも含む)、存在自体
などは、かかわった相手に何らかの影響を与えています。
意識的・無意識的を問わず
- 「楽しい」「ありがたい」などと思われたり
- 「真似してみよう」「自分も取り入れたい」と思われたり
- 学び・気づき・何らかの知識などを得てもらったり‥‥
自分の抜けた部分や変な行動も、人に安心感を与える可能性がある (*^-^*)
何かを持っているだけで「ああいう物もあるんだな~」と相手の知識を増やすかも。
表に出ている行動や発言だけではない。 近代物理学の「量子もつれ」という原理では、「目に見えなくても、物理的な距離を超え、瞬時に影響を与え合っている」ということが示されています。
そう、普通に生きているだけで、誰かに影響を与えている。 誰かの選択のきっかけになることもある。
私たちは、なぜ生まれたのか。
「さまざまな体験をするため」「それぞれの魂を成長させるため」という説を信じるなら‥‥
普通に生きているだけで、他者の「さまざまな体験 (大きな体験も小さな体験も) 」に関与し、他者の成長を促している。 だから、それだけで使命を果たしているとも言えるのでは?
迷惑をかけることや失敗など、一見「悪いこと」でも‥
健康診断に行った際「採血で気分が悪くなったことがある人は申し出てください」という貼り紙を見た。
それで、この記事を書こうと思いついたのだけど (;’∀’)
生きていれば、自分の心がけや努力だけではどうにもできないことがある。
- 誰かに迷惑をかけたり
- 誰かの仕事を増やしたり
- 誰かの精神的負担を大きくさせたり‥‥
以前の私のように「申し訳ない」「自分のせいで」などと、心を苦しくさせる人もいると思います。
でも、やむを得ず迷惑をかけることは、悪いこと?
相手の
- 知識や経験を増やす
- 「役に立ちたい」という思いを満たす
- 何らかの気づきを得る機会となる
という場合もあるのでは?
また、失敗を見られたり、失敗体験を話すことも、役に立つ可能性がある。
相手が「自分は気を付けよう」と思うかもしれないし、何らかの学びや気づきを得るかもしれない。
となると、一般的に言う「悪い行為」でさえ、「反面教師となったり何らかの学びを与えたりするからヨシ」となる。
なるべく「他者に少しでも良い影響を与えたい」とは思っているけど、そんな望みとは裏腹に悪い影響を与えることもあるでしょう。 でも、それもヨシなのです (*^-^*)
ただ、こういうことを書くと「じゃあ何をしてもいいんだよね?」「どんどん悪いことをしていい」と解釈する人もいます。
宇宙的に見れば、本来すべてOKだとしても、それはやはり書けないので、ここいらで強制終了 (;’∀’)
宇宙視点から見れば、規模は関係ない
たとえば、プロのアスリートや有名人、インフルエンサーなど。
与える影響が大きい分、一般的には「大きな使命を持っている」と思われがちですし、本当にそういう側面もあるでしょう。
でも影響を与える相手が1人だろうと、1000人だろうと、1000000人だろうと、宇宙規模で見ればあまり大差ない。 (と私なんかが書いても、ある視点から見れば「負け惜しみ」なのですが (笑))
たとえ1人であっても「深く影響を与える」「深く相手の心に残る」という場合もあります。
毎日を、普通に生きること。
たとえば
- 目の前の仕事をする
- 挨拶や、誰かと会話をする
- 感謝を伝える
- 笑顔で接する
- 誰かの幸せを静かに祈る
- 何かを買う
- 好きなことをする
- 何もせず、脳と体を休めて自分を整える
- 酸素を吸って二酸化炭素を出す
- ただ、ここにいる etc.
宇宙や神様の視点、大きな自然から見れば、これらもすべて「立派な使命 (役割)」と言えるのでは‥? 堂々と「私は、ただ私を生きることが使命」と言ってもいいのではないでしょうか。
でもやっぱり「これ」といった使命を見つけたい方へ
繰り返しますが、使命は結局、自分で決めるもの。決めていいもの。
誰かに「〇〇は、あなたの使命ね」と言われたとしても、自分がそう思えなければ違うのだろうし。
なかなか見つからなくても
- 焦る必要はないし、
- そこまで頑張る必要もないし、
- 流れにまかせればいい
と、私は思います。
それでも見つけたい場合、
- 使命は、すごく小さなことでもいい。
- だから、たくさんあってもいいし、
- その時々で変わっていい。
人生を通して「大きな使命」を見つける人もいるし、そうでない場合もある (あっていい) のですね。
ということを書いていると長くなるので、ご興味のある方は、過去記事をお読みいただければと思います。
ヒントが得られる、かも (‘◇’)ゞ
★使命の具体例。勝手に「使命」と思って、イキイキ生きちゃえぃ! | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
★「小さな使命」は、いくつあってもいい。それを積み重ねる。 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
★何のために生きるのか。考えるもヨシ、わからん&なくてもヨシ! | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






