
注:ここで言うバレンタインとは、
- 飽くまで「日本独自」の
- 女性から男性にチョコを贈ったり
- 友達とお菓子を交換したりする慣習のことを指します
このバレンタインが好き!肯定派! という方は読まない方がよいでしょう <(_ _)>
40代主婦です。
このバレンタイン、嫌な思い出の方が多いけど‥ (-“-)
今年は「気にしない」どころか「気にならない」レベルに達していました☆
それなのにぃ‥‥
ここでは、バレンタインデーにおける、私の「気にしまくっていた状態」から「少しずつ気にしなくなる」「気にならなくなる」までの過程について、まとめます (読みたい方だけどうぞ (;’∀’)) 。
➀気にしまくる
スタート地点。いろんなことを気にしまくってた。
若い頃とか、自分があげる立場の場合、たとえば
- (バレンタインデーの前から) 嫌だなぁ
- 何を渡そう (ワクワクでなく憂うつ)
- 相手にとって、値段的にちょうどいいかなぁ
- センスないと思われたらどうしよう
- (あげた後) 相手の反応がよくないかも
- ああ、やっぱり違う方のチョコにすればよかった
- もぅ、こんな慣習なくなればいいのに! etc.
40歳以降、我が子がお友達と交換すると言っている時
- えっ? 手作りチョコを交換するとか言ってる
- (料理が大の苦手だし) 本当ーーにやりたくない
- あーあ、みんなすごく上手で完璧な出来
- うちだけしょぼくて、みんな「えっ?」と思っただろう
- 私はダメな母親だ、子どもにも申し訳ない
- (後でバレンタインの話になった時) 他のママさんが妙に私に気を使ってる
- あと何年、こんなことをすれば解放されるのだろう etc.
いくらでも挙げられるネガティブ感情‥‥ 長くなるので強制終了(笑)
➁気にするけど、頑張って考え方を選ぶ
40歳以降の私のバレンタインは
- 家族にあげる
- 洋酒入りチョコを自分にあげる
- 我が子のお友達同士のやりとり
のみ。(職場などでのやりとりはナシ)
1と2はどうでもよく、3が私にとって憂うつの種 (‘Д’)
でも日常生活全般で「考え方を選ぶ練習」をするようになっていた頃だったので、
- チョコを交換するお友達がいるのは有難い
- こういうことをできるほど今が平和ってことだ
- これも親の仕事。「楽」もありゃ「苦」もある
- この試練は私の成長につながるのだろう
- でも、少なくとも子どもは喜んでいるのだ
など、半ばムリヤリ前向きに考えていました (笑)
もちろん、
- この商戦に対しての怒り・憎しみ
- 面倒だな~、イライラ
- 自責・自己否定・罪悪感
などもメチャクチャ抱きつつ、それもOKと受け入れた上で、前向きな考え方を選ぶ。
てなことをやっていた矢先のコロナ禍!!
「手づくりチョコの交換」は数年なくなり、ものすごい解放感 \(^o^)/ 「自分の内側 (心) を変えていくと、外側 (現実の出来事) も変わってくる」ということが出てきて、面白くて仕方ない時期でした!
➂肯定的にも捉えられるようになったけど、まだ嫌な気持ちもある
しつこく根気強く、「考え方を選ぶ練習」を継続していました。
相変わらず普段、ネガティブ思考や感情が多かったけど
- 以前よりも早く切り替えられるようになり
- 前向きな考え方が浮かびやすくなり
- 外側の出来事も、明らかに「いいこと」が増えていました。
コロナ禍が落ち着いてくると、また我が子の「手づくりチョコのやりとり」が始まった。
第一子は毎年。 第二子もたまに‥ (*ノωノ)
でも、
- 第一子は、自力でつくれるようになっていた (夫も一部手伝ってくれて感謝)
- 第二子は、お友達に「買いチョコでもいいよ」と言ってもらい、迷わず買いチョコ
- 私はラッピングとかお手紙の手伝いをするだけ
になっていて、負担はかなり軽減!
「いい面もある」「ありがたい」と本当に思う反面、「嫌だな」「こんな慣習、なくなればいい!」という感情も顔を出す。 まだバレンタインを「気にする」し「気になっちゃう」時期。
➃嫌だけど見なきゃいい、考えなきゃいい
自分の中に「バレンタイン」が存在する時は
- バレンタインに関するものを見たり
- バレンタインのことを考えたり話したり
- 実際にチョコを準備したり食べたり
している時だけ。
すなわち、そのことを「見ていない時間」や「考えていない時間」は、そのことは自分の中に「ない」のです。
(心の奥底の無意識の部分については、ここでは考えないことにします)
ということが、だんだん腑に落ちてきていている時期でした。
なので、
- バレンタインのCMが流れていたり
- お店でチョコの催事場が目に入ったり
- 子どもが自宅で準備していたり
- 作ったりもらったりしたチョコを食べたり
- 誰かとバレンタインの話をしたり
をしている時間は「嫌だな」という感情が出てきても、他の時間は「ほぼ気にならない状態」になりました (*’▽’)
だんだんと「今に集中すること」「上手く切り替えること」ができるようになってきたことも大きかったです。
関連記事はコチラ ↓ ↓ ↓
★今に集中するコツがやっとわかった。日常生活で練習しラクで幸せに。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
★切り替え上手になるには? すぐにでも試せる12個の方法! | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
「なかなか頭からネガティブが離れない‥」という方は、以下の記事を (関連記事のリンクも多数貼ってあります)。
★ネガティブ感情を「お友達」だと思うと、受け入れやすくなるかも。 | 気にしない自分をつくろう!〜ラク楽イキ生きブログ〜
➄存在自体が薄れてくる、忘れつつある
「『気にしない』より『気にならない』が最強」みたいに仰ってたの、誰だったっけ?
だしかに、その通りなんですよね。
- 気にしない ⇒ まだ気になっており、頑張って無視する状態 (=心が完全にラクではない)
- 気にならない ⇒ 興味や関心がなく、存在が心に留まらない (=心がラク)
今年は驚きました (≧◇≦)
- 1月下旬にチョコの催事場を見て「これ何だろう?」と思う
- スーパーで「(perfumeさんの) チョコレートディスコがやけに流れてる、なんで?」と思う
しかも、その浮かんだ疑問はどうでもいいからスルー。 結局わからないまま(笑)
後で「ああ、バレンタインだからか」と気づくも、それでオシマイ!
付随する嫌な過去も、浮かばない!
そもそも今年は、バレンタインに関する看板や広告が目に入りにくくなっていたとも感じます。
ああ、私も変化・成長したのだ~。 素晴らしいし、ありがたい (*´▽`*)
★でも外側の出来事に応じ、➀➁➂に戻ってしまう
しか~し。
家族は、互いの魂の成長を高め合う、かけがえのない存在 (なのかもしれない)。
第一子が、2/11に「今日バレンタインの試作をする」とか言ってる。
話を聴くと、なんと10人以上 (もしくはそれ以上) と手づくり菓子を交換するのだとか (*ノωノ)
何それ? メンドクサッ! 一気に昔の私が顔を出す。
別に娘は「面倒」とか思っていないのかもしれないのに
- 変な感情移入をして、すごく嫌な気分
- バレンタインの嫌な過去を思い出す
- もぅ、こんな慣習、なくなればいいのに!
つい感情的に発言したり、長々嫌な過去の話をしたりし、反省。
第二子に「まだまだだねぇ」みたく言われちゃった。 (後で第一子に謝罪)
ああ、バレンタインさんが「私のことを消さないで~」と叫んでいるのだろうか‥。 「自分、まだまだ伸びしろがあるなぁ、これからも心のラクを追求していくぞ~」みたいな (;’∀’)
➅目指すは、この境地!
「目指す」と書いちゃったけど、頑張るつもりはない (;’∀’)
私にとっての、バレンタインは
- (基本的に) 自分の中にはない。気にならない
- ただ世の中に存在するもの。肯定も否定もしない
- 「なくなればいいのにぃ」とかも思わない
- ワクワクする人は、存分にワクワクすればいいと思う
- 参加している人の姿を見た時は、優しく微笑んでいる
常に、そういう自分でいられる。
そんな感じに、いつか自然となるのだろう。
今まで通り、無理のない範囲で、自分の「やりたい」に沿いつつ
- 生活習慣を整えるよう心がけたり
- 自分をいたわり、ねぎらいながらも
- 「今に集中」「考え方を選ぶこと」をしたり
- 「(一般的に言われる) いい行い」を積み重ねたり
- 感謝や瞑想、祈りなどの時間を取り入れたり
を続けていくだけでいい。
といっても、目指す境地に達しなくてもいいし、先日のようにネガティブが出てもOK (‘◇’)ゞ
私も他の人も、今回の人生を、自分なりに、懸命に生きているのです。
たぶん存在しているだけで、神様や宇宙などと呼ばれる存在は、喜んでくださっているのだから。
と思いつつ、今年のバレンタインデーも終わりました☆
と思いきや、2/19に第二子が「〇〇ちゃんが、今度の日曜日に、クラスの子たちとチョコを交換したいんだって」とか言い出した (*ノωノ)
インフルの子がいたから、延期したとかで。
家族は、互いの魂を高め合う、かけがいのない、ありがたき存在。
さあ、私の心はいかに‥ (;’∀’)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。






